Conrad Schnitzler / INTERVIEW 30.3.08、第34回更新
※こちらに掲載する内容は、すべてJin (CON-tribute)による日本語意訳です。
『コンラッド・シュニッツラー / インタビュー 30.3.08』
※前回までの更新分は コンラッド・シュニッツラー / インタビュー 30.3.08 を参照してください。
質問9: 日本の若者は70-80年代のジャーマンロックに注目しています。ジャーマンロックには共通のビジョンがあったと思いますか? または、もしあるとしたら、ドイツのどのような気質ですか?
Con: 英国人が言うところのクラウト・ロックだが、意味をはっきりさせておこう。クラウト・ロックと言う場合、私達ドイツ人がクラウトだ。それは、ザウワークラウトから来ている。多分あなたは知っていると思うけど、キャベツだ、へッへッへッ!それがクラウトだ。分かるよね。これはベジタリアン向けの食べ物だが、典型的なドイツのものだ。私は食べたい。私が好きな食べ物だ。そういうわけで、英国人は私達のことをクラウトと呼ぶわけだ。
ドイツのロックの最初期だが、忘れてはならないのは、ドイツのロックは1945年に変化があったということだ。米国からジャズが入って来たんだ。デキシーランドだ。その後、米国や英国の放送によって、キンクスが歌っていたビート・ミュージックとかが、ゆっくりゆっくり浸透していった。もちろん、ドイツの若者は音楽をやりたがった。そして彼等はロックに英語の歌詞を付けた。しかし、しばらく経っても、英米のロックよりもいいバンドは決して出なかった。
(この続きは、後日掲載します。。。)
| Conrad Schnitzler::Conさん あれこれ | 11:39 PM | comments (0) | trackback (0) |











