Klusterについて (第7回更新)
※前回までの掲載分はこちらを参照してください。
ヴォルフガング・ザイデル Klusterについて
サマー・オブ・ラブ? Klusterは西ベルリンで結成された - サンフランシスコのヘイト・アシュベリーやゴールデン・ゲート・パークよりもシベリアの方がずっと身近に感じた。2年遅れでベルリンにやって来たものは、"サマー・オブ・ラブ"の端切れでしかなかった。花開いた途端、冷戦の風に当たってにすぐに枯れてしまった。さらに、1970年になると、60年代半ばを占めていた楽観主義はもう影を潜めていた。髪に花を飾るよりも、もっといい世界を築き上げることの方が必要になったのは明らかだった。しかし、60年代終わりの政治の動向は同じ楽観主義から生まれたもので、生活の物質面だけでなく、アートや音楽、そして人々に影響を与えるマスメディアのあり方に対しても急速な発展を促した。新しいものは去ったが、そのすべてが注ぎ込まれたヒッピー・ムーブメントは、結果として貧困をもたらしたわけではなく、その信念の元、人々にとって十分といえる近代技術を築き上げたのだった。問題は、あらゆる人々に技術が公平に行き渡るようにするにはどうすればいいか、ということだけだった。
その楽観主義には、同じ技術によって生まれたBGMがあった。エレキ・ギター、リバーブ、エコー・マシンから初期のシンセサイザーに至るまで、未来からやって来たようなサウンドであれば当時は何でもOKだった。未来を象徴するものといえば空間移動だった - だから、まるで今まで行ったことがない空間に連れていかれるようなワイルドな初期のエフェクトが用いられたのは、極めて自然なことだった: 人工的なリバーブとエコー。多くの人々がこの新しい音楽に初めて出くわしたのは、映画によってだった - 例えば禁断の惑星は、ルイス・アンド・べべ・バロンによる電子音色の強いSF映画だ。(1956年 - 彼等の作品は音楽とは認められず、それ相当の印税の支払いを拒まれたため、保守的なミュージシャンの労働組合との間で言い争いになった。)
(この続きは、後日掲載します。。)
原文(英語):About Kluster by Conrad Schnitzler and Wolfgang Seidel (5.4.08)
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