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コンラッド・シュニッツラー作品のライセンスに関する問い合わせ先は、Gilさんに変更されました

諸事情により、Con-panieは、コンラッド・シュニッツラー作品のライセンス管理等は一切行わないこととなりました。
今後は、Conさんの奥さん、Gilさんが直接管理することになります。

Gilさんの連絡先は、こちらのページをご参照ください。

| Conrad Schnitzler::Conさん あれこれ | 09:57 AM | comments (0) | trackback (0) |

Conさんはクラウトロックが嫌い

Conさんは、クラウトロックが嫌いだと明言していました。

元々、ロックは反体制派のための音楽で、しかし、Conさん自身は反体制派ではない、という考え方が根底にあります。また同様に、彼はヒッピーの音楽・文化も嫌いで、その流れを汲むクラウトロックも嫌い、といった感じです。ヒッピーの音楽は「退屈」とコメントしています。

ヒッピーの音楽以外の文化についても、よく知られているように、Conさんは頭の髪を剃っていて、ヒッピーが長髪なのと相反しているのが一目でわかります。また、Conさんはマリファナなどドラッグをやるのも嫌っていました。(ただし、他人がドラッグをやることについてはその人の自由、という意見を持っていました。)Conさんの最初の奥さんのクリスタ・ルンゲさんは、当時、KlusterやEruptionで一緒に音楽活動をしていたものの、その後、ヒッピーのコミューンであるAmon Düülに入ってしまったそうで、Conさんとは別れてしまいました、、

また、その他のエピソードとして、Conさんが1967年にイルミン(アーミン)・シュミットと会ったときのことが挙げられます。イルミン・シュミットは、Conさんが大好きなシュトックハウゼンに学んだ経歴の持ち主で、ウィーン交響楽団などで指揮者として活動し、指揮の受賞歴もある人ですが、Conさんはそのアドバイスの言葉に大変励まされたそうです。ところが、イルミン・シュミットは翌年の1968年に結成されたCanでクラウトロックを始めたので、Conさんは大変失望したそうです。(なお、余談ですが、Canは日本では「カン」と表記されますが、本当の発音は「キャン」だそうです。)

このように、Conさんは、ヒッピーやクラウトロックとは一線を画したところにいたのですが、皮肉にも、現在、Conさん自身の音楽自体も、世間一般では広く「クラウトロック」に分類され、人々から、当たり前のようにそう呼ばれているわけです。(以前は「ジャーマン・プログレッシブ」という言い方もありましたが、今はあまり使われていないように思います。)

しかも『Rot』には、ずばり"Krautrock"という曲まで収録されているため、ますます勘違いの元となっています。実は、Conさんの"Krautrock"という曲のタイトルは、Conさん自身が付けたものではありません。生前Conさんに確認したところ、『Rot』、『Blau』、『Grün』の収録曲のタイトルは、他人が付けたとのことでした。当時、LPを出すにあたり、諸事情により、そのようなタイトルになってしまったようです。

この文章により、少しでも彼に対する誤解が解けてくれれば幸いです。

| Conrad Schnitzler::Conさん あれこれ | 02:29 PM | comments (0) | trackback (0) |

「ベルリンの狂った天才」って、誰が最初に言い出したの?

日本では、Conさんのことを「ベルリンの狂った天才」と、まるで彼のキャッチ・コピーかのように書かれているのを目にします。かつてヨーロッパでそう呼ばれていたとのことですが、果たして、誰が最初に言い出したのでしょうか。

今のところ、こちらで調べられる範囲では、英語やドイツ語でも、それに相当する文言は見つかっていません。ただし、それに近いものは見つかりました。1970年初頭、クラウス・シュルツ(シュルツェ)が、「シュニッツラーは本当の狂人だった。彼は何もかも破壊しようとしていた。」と発言していたそうです。なお、逆に、Conさんは当時を振り返り、「クラウス・シュルツは、本当に何も知らない奴だった。」と言っています。どうやら、その辺りがルーツで、その後、切り取られた言葉が独り歩きしたように思います。

なお、生前Conさんに、「ベルリンの狂った天才」のフレーズについて聞いてみたところ、以下のコメントをいただきました。

ホッホッハッハッ、、 私は、世間の人々が私についてどう言っているか、どう書いているかなど、考えたことはない。それは私の生き方ではない。何を言われようが何を書かれようが、私はまったく気にしない。私は、自分がしたい様に自分の生活を送っている。私は自由人でアーティストだ。私は、ビジネスのために世間を煽るような、ゲームの駆け引きには興味がない。
(コンラッド・シュッツラー 2009年12月27日)

| Conrad Schnitzler::Conさん あれこれ | 04:15 PM | comments (0) | trackback (0) |

"Tausender Programm"(1000本カセット・プログラム)

"Tausender Programm"(1000本プログラム)は、合計1000本のカセットを用いた大規模なコン・サート・イベントのプロジェクトです。

1986年、Conさんは、4本一組のカセット・コン・サートを250の異なる空間で同時に行い、聴衆は、それらの空間を自由に行き来して楽しむことができるようなイベントのプロジェクトを思い立ちました。このプロジェクトに必要なカセットの数は1,000本(250部屋 x 4本)となるため、Conさんは"Tausender Programm"(1000本プログラム)と名付けました。このイベントを行うためには、例えば大きな城のような、部屋がたくさんある場所を探す必要があるだろうと、Conさんは考えていました。

さて、このプロジェクトのために、Conさんは8年間掛けて、実質、約600本の黒いカセットを各1部ずつ制作しました。そのため、イベントの実施には150もの空間(部屋)がある場所が必要、ということになります。

なお、他の作品とは異なり、販売目的ではないため、ディスコグラフィには掲載されません。(生前Conさんは、購入希望の熱心な海外のファンの方にも販売をお断りしていました。)

ところで、このプロジェクトには別のアイデアもあり、それは、聖堂やスタジアムのような広い場所に1000人が集まり、1000本のカセットを同時に鳴らすイベントを開催することです。Matt Howarthはそのイメージを題材に漫画を書いていて、そこでは、1000人が1000台のラジカセを手にして、1000本のカセットを同時に鳴らす様が描かれています。


Cassetten für alle (すべての人にカセットを)
(画像はConさんご提供。)

2014年9月10~28日の日程で、ノルウエーのオスロで開催されている「オーディオビジュアル インスタレーション by コンラッド・シュニッツラー」では、このプロジェクトのための制作されたカセットのうち、最初の48本をミックスした6つのコン・サート作品が使用されています。1000本プログラムの音源が一般公開される貴重な機会となりました。

| Conrad Schnitzler::Conさん あれこれ | 02:45 PM | comments (0) | trackback (0) |

あれからもう、3年になります



8月4日はConさんの命日です。
Conさんが亡くなられてから3年が経ちました。

命日には、Conさんが大好きだったボルドーの赤ワインをお供えしようと思います。。

| Conrad Schnitzler::Conさん あれこれ | 11:37 AM | comments (0) | trackback (0) |

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